音楽の身体表現

昨日、大学時代に所属していた学生オーケストラ(京都大学交響楽団)の定期演奏会を聴きに行って思ったこと。

小学生の頃から、ブラバンやオーケストラにいて音楽に奏でるという経験があったからこそ、今の仕事をしていて実感する。

それは「ダンスは音楽の身体表現である」ということ。

今奏でられている音楽に、シンクロ(同調)するこということ。

音楽の身体表現には、音楽を構成しているリズムのキャラクターや、音ひとつひとつの長さ、重さ、速さ、そしてなによりその音楽が表現しようとしている感情や風景、そういったものがないまぜになって含まれる。それらが含まれていればいるほど、そしてそれを音楽と同時に表現すればするほど、私たちは音楽とよりシンクロする。

音楽としっかりシンクロした時、この上ない幸福感に包まれる。

私はそれを、この大学オケでいやというほど、勉強させてもらった。
一つ一つの音をどう奏でるべきなのか、曲それぞれのもつ世界観をどうやって作り上げるのか、夜遅くまでああでもないこうでもないとやっていたあの頃。それはそれはマニアックで、まじめで、熱心だった。
そうやって作り上げた音楽を舞台の上で奏でたとき、違う世界が見えた。

その背景があるから、私はダンスをするときに、音楽とシンクロしているかどうかをとても大事にする。
そしてダンスフィットネスでリードをするには、いかに参加者が容易に、深く、音楽とシンクロできるようにリードできるか、が肝だと思っている。

つまりダンスフィットネス・インストラクターは、
ダンスフィットネスにおける指揮者だ。

 

傳田さんのことば。(「音楽は何語?」より)

「リズミカルな曲での演奏者の体の動きは、踊りと同じ使い方になっていることはジャズやロックに見られますが、これに限らず演奏と体の動きは一体をなすもの」

「’指揮者’とは、あるべき音楽を躍り出演奏者に伝達するダンサーである」

「音楽は経験に基づき、音楽的想像を肉体労働を経て‘音‘という現象に直接置き換えている現象」

 

 

 

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